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プレイヤーと評論家の違い

世の中にはプレイヤー(何かを実際に行う人)に対して、その行動の良し悪しを評価する人がいる。他人を評価するのは自由だが、何かの目標を実現させようと思うなら評論家になってはならない。

評論家は現実世界の制約条件を無視するため理想主義的な考えに陥りがちである。理想をもつことは悪いことではないが、それでは何も成し遂げることはできない。一方、プレイヤーは現実主義者である。現在の自分の能力を冷静に見定め実現可能な方法で目標の実現を目指す。

しかし、中には評論家の影響を受け理想主義的な考えに陥るプレイヤーもいる。自分にできないことをしようとするのは不合理だが、理想主義的な考えにとりつかれてしまうとそのことに気付かない。やがて彼らは「理想の自分」と「現実の自分」の差に苦しみ無力感から「うつ状態」になる。

このような状態から抜け出すには「現実主義」に立ち戻る必要がある。私たちは人間であり一度にできることは限られている。優れた能力を身につけるにはそれ相応の時間が必要である。他人にどう思われようと、そのときにできることをして少しずつ能力を高めるしかないのである。

そもそも評論家は自分では何もできていない。自分にできないことを他人に求め、ああでもない、こうでもないと、偉そうなことを言っているだけである。そのことに気付けば少しは気が楽になるのではないだろうか。