FEEL THINK BLOG

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資生堂の人型ロボットに思うこと

社会

化粧品メーカーの資生堂が商品の箱詰め作業に人型ロボットを導入したことが話題になっている。10台導入し現在2台が稼働中だ。箱詰め作業は繊細な作業であるため、これまでの作業用ロボットでは対応できないらしい。

このロボットには開発費を含め5400万円の費用がかかっているそうだ。仮にパートタイマーを時給1000円で雇い24時間365日働かせたとする。すると年間に1人あたり876万円の人件費がかかる。10人雇えば8760万円だ。ロボットをこのまま使い続ければ数年で元が取れる計算になる。

そうなると同じ工場で働く労働者は心穏やかではないだろう。資生堂は労働人口の減少により工場に人が集まらないことを心配しているようだが近い将来彼らは確実にクビを切られることになる。

人工知能の発達により人間の仕事が奪われるというが既に現実化しているようだ。

フードコートで食事をするのは無理

暮らし

あることで大型商業施設に行く機会があった。お昼が近くなったので施設内にあるレストラン街で食事を済ませることにした。だが、どの店も値段が高い。しかたなくフードコートで食事をとることに。

フードコートとは、ショッピングセンターやアミューズメント施設で、軽飲食店を集めた区画のことである。軽飲食店から食べ物を購入し共有スペースで食事をとる形式だ。

レストラン街から移動しフードコートに到着すると私はひどく驚いた。とても食事ができるような環境ではないのである。小さな子供がギャーギャー騒いで走り回り、食事中の客がゲホゲホと咳をしていた。話し声がうるさくて店員が何を言ってるかもわからない。

こういう場所だから食べ物が安く売っているだろうと思ったらレストラン街とそれほど変わらない。ネットでは「フードコートは貧乏人が使う所」とバカにしたような書き込みがされることがあるが、フードコートで食事をしている人は何を考えているんだろうか。

結局、商業施設から少し離れた場所にある普通の飲食店で食べることにした。次回もそうしようと思う。

土下座をする人は信用できない

社会

兵庫県姫路市の認定子ども園「わんずまざー保育園」が不適切な運営を行っていることが明らかになった。その内容を整理すると以下のようになる。

  1. 46人の定員を20人程度上回る70人近い園児を受け入れる
  2. 保育士の数を水増し、国などから給付金を不正に受け取る
  3. 1日に40人分の給食しか用意しておらず、園児に十分な食事をとらせなかった
  4. 給食の食べ残しを冷凍して後日与える
  5. 保育士が遅刻したり早退すると罰金としてその月の給与から1万円を差し引く

これは普通の感覚では考えられない酷い話だと思う。この保育園の園長は保育士の生活や子供の健康を無視してまで金が欲しかったのだろうか。問題が発覚してから保護者説明会が開かれ、園長はその場で土下座をしたそうだが、そのようなことをしても意味はない。

土下座をする人は信用できない。なぜなら、土下座とは「許しを乞う行為」だからである。額を地べたに押し付けることで「自分がこれだけ屈辱的なことをしているのだから、これまでしてきたことを許してください」とアピールしているのである。それは謝罪ではなく保身である。

この他にも反省していると言って頭を丸坊主にしたり、涙を流したりする人がいるが、そのような行為をみると、この期に及んでまだ助かろうとしているのかと思うことがある。

本当に謝る気があるなら、謝罪の言葉を述べ行為に至った経緯を丁寧に説明するだけで良い。許すかどうかの判断を相手に委ねるのである。

プレイヤーと評論家の違い

学び

世の中にはプレイヤー(何かを実際に行う人)に対して、その行動の良し悪しを評価する人がいる。他人を評価するのは自由だが、何かの目標を実現させようと思うなら評論家になってはならない。

評論家は現実世界の制約条件を無視するため理想主義的な考えに陥りがちである。理想をもつことは悪いことではないが、それでは何も成し遂げることはできない。一方、プレイヤーは現実主義者である。現在の自分の能力を冷静に見定め実現可能な方法で目標の実現を目指す。

しかし、中には評論家の影響を受け理想主義的な考えに陥るプレイヤーもいる。自分にできないことをしようとするのは不合理だが、理想主義的な考えにとりつかれてしまうとそのことに気付かない。やがて彼らは「理想の自分」と「現実の自分」の差に苦しみ無力感から「うつ状態」になる。

このような状態から抜け出すには「現実主義」に立ち戻る必要がある。私たちは人間であり一度にできることは限られている。優れた能力を身につけるにはそれ相応の時間が必要である。他人にどう思われようと、そのときにできることをして少しずつ能力を高めるしかないのである。

そもそも評論家は自分では何もできていない。自分にできないことを他人に求め、ああでもない、こうでもないと、偉そうなことを言っているだけである。そのことに気付けば少しは気が楽になるのではないだろうか。

【ネット】無意味な情報を垂れ流すことの是非

ブログ

インターネットの情報は玉石混交である。なぜなら、スマホやパソコンなどインターネットにつながる機器を持っていれば誰でも情報を発信することができるからである。

ここで疑問に思うことが1つある。その情報が「玉」か「石」かを決めるのは誰かということである。たとえば、日々の暮らしの出来事を書いた日記のようなブログがある。他人の人生に関心のない人からみればこれは「石」である。しかし、自分以外の人間が何を考えて暮らしているのか知りたい人にとっては「玉」になる。

つまりは、発信された情報が「石」になるか「玉」になるかは情報の受け手次第ということである。それなら、「間違えた情報」や「他人の著作権を侵害する」情報でない限り何を発信しても良いのではないだろうか。

実際、私は他人が書いた日記のようなブログを読むのが好きだ。そのブログを読んだからといって何かの役に立つわけではないが、他人の人生を疑似体験したような気持ちになり、楽しい気持ちになる

「さっき食べたサンドイッチが美味しかった」など他人にとってはどうでもいい、個人的なことを世界に向けて発信することを「サンドイッチツイート」というらしいが、そのような書き込みがあっても良いと思う。

ただし、問題解決につながるかのような見出しを付け、中身のない文章を書くのはやめたほうが良いだろう。そのようなブログは助けを必要としている人にとって迷惑でしかない。

食後30分以内にヤクルトを飲むと美肌になるという話

暮らし

最近、食後30分以内にヤクルトを飲むと高級美容液を使うより美肌効果があるという話がSNSで話題になっている。私のところにまで情報が流れてくるのだからそれなりに流行っているのだろう。

たしかに、ヤクルトには整腸作用がある。便秘や下痢が解消されれば肌艶がよくなるかもしれない。しかし、何か特定の食品をとったからと言って急に健康になったり、顔のシワが取れることはない。健康になりたければ「運動 食事 休養」のバランスがとれた生活を送り、「ストレスを溜めない」ようにする必要がある。

この手の情報は昔からあった。テレビの情報番組で「ココアは健康に良い」と言えば、その翌日にスーパーの棚からココアが消えるという現象も起きた。「トマトを食べれば美白になる」「鳥のもも肉が疲労回復に効く」と言うとその食材が飛ぶように売れたりする。

歴史は繰り返すというが、いつの時代にも安易な情報に引っかかる人はいるものだ。

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隠し味とアレルギー

暮らし

先日、ある食材を食べて体調不良になった。どうやらアレルギーらしい。アレルギーとは、本来なら無害であるはずの抗原に対する免疫反応によって引き起こされる疾患で、腹痛や吐き気、嘔吐、じんましんなど、さまざまな症状を引き起こす。ひどいときにはアナフィラキシー(全身性症状)を引き起こし命に関わることがある。

「食べる」という生きるために欠かせない行為を怯えながら行わななければならないのはとても辛いものだ。今日は3連休の初日だが、アレルギー持ちの人は旅行をするのも大変なのではないだろうか。

旅行をすれば食事は外食しかない。そうなると飲食店で出される料理に何が入っているかその都度確認しなければならない。ネットでは店で出された料理の隠し味にピーナッツが使われていて辛い思いをしたという話がよく出てくる。ファミリーレストランなどではアレルギー対策食が販売されているらしいが、どれも食欲の湧かない貧素な料理ばかりだ。

何年か前、27時間テレビという番組で司会の笑福亭鶴瓶にアレルギーであるサバ寿司を見せて笑いを取るという企画をやっていた。その演出にアレルギーの子供を持つ親が激怒したらしいが、今になってその気持ちがわかった気がする。人間というのは身勝手なもので、自分が同じ目にあわなければその人たちの苦しみがわからない。この企画を立てた人物もアレルギー体質ではなかったのだろう。

すべての事情を考慮して他人と接するのは難しいが、相手の嫌がることはできるだけしないようにしようと思う。